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フェアートレードってなんだろう。。
フェアートレード品ですか?
 
フェアートレードやってるんですか? 
フェアートレードですよね?


フェアートレードという言葉


このサイトに辿り着きA-rueにフェアートレードを求める方へ、
私のやってきた今迄の事や考え方を書いた方が良いと思いこのページを設けました。


この内容や文章の中の意見は個人的な考え方あり、
フェアートレードを批判している訳ではありません。
A-rue(エスニック衣料部門)をどのように判断するかはお客様自信であると思っていいます。



フェアートレードという言葉を検索してみると色んな基準も出てくるので
ここではフェアートレードが何であるという事は書きません。
検索してみてくださいね。


何でこのページを書く事になったかというと
フェアートレードという言葉が大切でこだわって問い合わせを頂く事があるのですが、
どうしても認識や考え方に温度差を感じてしまう事も多く、
私の意見を読んで頂きご自分で判断して頂きたいと思ったんです。


私がA-rueを始めた11年前
私自信フェアートレードという言葉は知りませんでした。

 

ネットでやってる事を垂れ流し状態ではあったと思うのですが、
サイトをみて取材に来て下さったたライター記者さんや、取扱店のオーナーさん、
もちろん支えて下さったお客様フェアートレードという言葉は
取扱店の方とライターさんが教えてくれたんです。


その時はフェアートレードとは何か?という枠があって
条件に当てはまるからフェアートレードなんですよときいた。


<私>

へえ〜
私がやってる事も人の役にたって評価して貰えるんだ。
嬉しいな〜


ここが取材に来たポイントだったらしい。
当時フェアートレードを掲げる会社や団体さんが増えてきた頃で、
私は知らないうちにフェアートレードやってる人がいるという事だったと思う。

 

その後にA-rueを取り扱って下さった三軒茶屋にある
ふろむ・あーすさんのオーナーに言われた事は
今でもいつも心のどこかにあって時々思い出します。

 

<私>

私がやっている事は役にたっているんだろうか?
自分が好きで始めただけでフェアートレードしよう!
っていう志から始めたんじゃないんですよ。

でもフェアートレードと言われる事がある
そう評価されていいんだろうか?


ふろむ・あーすさんのオーナーさんは
藤井さんは自分の出来ることをやるだけでいいんですよ。
と一言。

自分が出来る事をやってイベントやネットで発信してお客様に判断してもらおうと思った


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服部門について
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最初は物を作るのが好きで自分のスキルを生かして
自分が着たいと思うエスニックを作り始めた事がきっかけなんです。


13ヶ国を2年間くらいかけて旅して日本に戻って作りたい服をつくってイベントに出たら
取扱店が5店鋪くらい一気についてしまった 資金も少ないし日本の工場では無理だった。

選択できる程多くの道はなくてそうだ〜!あの人達とやってみよう!
図面とサンプルを持って飛行機に飛び乗ってカトマンズに行ったのがイベントから数週間後だった。

何でネパールなんだ?と聞かれるんですが
当時レイプや殺人や犯罪が少ないと思える国だったし
自分の身の安全は自分で守れると判断した国であったから、
何よりもネパール人やネパールが好きだったというのが一番。


自分がリラックスできた国だったしそんなネパールの人達に出会えたからからです
取引したいという店ができたので作らなければならない。


もう一人では縫えない。
まず最初に旅の途中で出会ったカトマンズの服屋を探した。
(旅の途中で工場を見せてもらった事があったからです)

自分で引いた図面があるし、サンプルもあるし、出来ないなら教えるから一緒に作って欲しいの!
もちろん仕事としてやりたいんです。
とスタートしたのがA-rueです。


自分の図面で作りたい!
日本で売る事になるから日本人がみて納得して買ってくれる
値段と質に仕上げる為には自分も関わってやるしかなかった。

布も自分で選んで気に入った物を使いたいので布問屋を廻って工場へ運んだ。
旅の途中であったshivaは工場長だと思っていたのに当時は雇われ店員だったそうだ


村から出てきてボタン付けやらアイロンかけのバイトをやった事もあり、
英語ができたから店番をやりなさい。と店番をやっている時に私と出会ったそうだ。

以前の店のオーナーはギャンブルで破産して店を閉めたそうだ
店が潰れてからは自分で小さいながらも細々と小売業をスタートさせていた。


タメルに小さな店を借り友人の工場からサンプルをかりて展示して販売していた。
私も少なすぎる資金ではあったがやれる事はやってみよう!という事でスタートした。


お金の余裕はないので部屋を借り、ミシンをレンタルし、
shivaの知り合いのソーイングマン達に手伝ってもらった。

そんな状況だったので2人でやってみるか?っていってもshivaも布を買うお金もないので
前金を払いながら布を買い、給料を払い、という制作方法になった。

自分で図面も引けるし縫えるので工場でどうやって作るのか?と実際に見てみると、
感覚の違いからよごれる。ねじれる。不良品が沢山でるだろう。。。
恐ろしくなって工場に張り付いて過ごすようになった

工場の人達と毎日一緒にすごし、
分からない箇所があれば目の前で縫ったり手伝いながら過ごす。


これは自分の為でもあったんです。
不良品がでたら資金が減るばかりだったから。。。


何より自分のデザインだし自分が納得する物に仕上げる為だった
賃金はどうやって決めるの
?という疑問があると思いますが
料金は工場で関わった現地の人が自分達で決めます。

私も材料代の値段はわかるし、図面を引いているので使う布の分量も分かる。


だからやりにくいとは言われたけど価格についてはお互いイヤな思いはしたくないので
ここは現地の人に自分達で欲しい金額を提示してもらう。

日本でもサンプルを縫ってネパールでサンプルを縫うのは間違い(不良品)を減らす為と、
一度縫う事によって実際かかる時間、それに見合った自分達が欲しい賃金、
物価の変動に振り回されないようにする為

提示された賃金から材料代、送料、経費、払う税金をプラスして 卸をするとなると
上代はいくらが妥当なのか?売れるのか? ビジネスとして結果が出せるのか考える。

可能だと思ったら作り、無理そうな価格になる物は彼等に相談する。 布を変えたら可能なのか ?
多少図面を変えたらできるのか?

他のデザインを多く払うからこのデザインはこれでどう?
どうしたら楽にできるようになる?
どうしたい?
こんな話し合いから始めた

だから賃金についての苦情は彼等から出た事は無い。

苦情といえば、私がOKする縫製基準と布の基準だった。 日本人は狂ってる。
これは綺麗なのに何でダメなんだ?
ミシンオイルは洗えば落ちるから売れるだろう?
大体同じ色は同じでしょ。 同じにみえる物でしょ。
これは穴ではない。ネパールではこれが普通だ。
祭りでできなかった。
道に大穴があいていて遅れた。
今日はうちの部族の祭りです。


そーですか〜そうですか〜。 言い訳けばかり達者だな〜と

時には暴れながら笑いながら 食事しながら過ごして物を作る
自分が加わらないと綺麗にできないので出来る事は賃金を払っていても自分でやる。
(終わらないし、帰国できないし、遊べないから)

 

こうして服部門は10年間続けてきました。
10年間shivaがパートナーとなって進めてくれたのですが、

現在のネパールの国の状況。
エネルギー不足。
急激な物価上昇。
インフレ等の問題も重なり
給料も上げたのですが材料費も更に上がっていき質の販売価格のバランスが崩れたと感じている


冬場は1日に12〜20時間の停電になるようになった。


ガソリンが入らなくなれば食料品から全ての物価がその期間値上げとなる

足踏みミシンでも頑張りましたが灯りの確保も冬場は難しく、
縫子さんにも負担がかかる。

ジェネレーターを買って工場を動かすのもどうなんだろうか?


灯油がなくなれば同じ事だ。
インドとの国境が塞がれたすぐに燃料も無くなってバンダバンダ(スト)で大騒ぎ
こんな事もあり2009年は服部門が停まった状態となった。


2009年で服部門をこれからとうするか考えています。
停電が増えてからshivaは何があっても振り回されない仕事をしたいと思うようになってきた。


当然だと思う。
私も胃がいたくなるしスタッフもネパールの国の状況に振り回されている

shivaは2年程まえからローカルネパール人相手のフルーツ屋を始めてA-rueとフルーツ屋を両立させていた。
最初のカフェは2度失敗して店を閉めたが今度は続けられそう。


果物屋が軌道に乗り2009年からA-rueが無くても食べていけるようになりました。
これぞ自立!わたしも嬉しい 縫製を手伝ってくれていたメンバーは
数年前からシェア−していた工場で働いている。


私の仕事はボーナス的な仕事となっているので食べてはいける。

今後の服部門については国の状況やメンバーの状況によって決めて行こうと思っている。
これまで何度も無理だ。無理だ。と思った時に頂いたお客様からのメッセージやコメントは忘れません。
支えて下さった皆様有り難う!


服部門<ネパール版>は今後検討中ではありますが帽子部門は今迄と変わらずやっていきます。

何で帽子はできるのか?という疑問もあると思いますが、
電気をつかわないから灯りがとれて時間があれば編めるんです。

ただ停電が多くなるとあまり数ができません。
暗いとロウソクも必要になるし皆さん寝てしまいます。
停電が多くなってから生産スピードは50%ダウンしていて数ができなくなりました。


その分早めにスタートする様になりました。
それでも今までより冬場は数はできなくなりました。

急激な値上げにならないのは、服とちがって使う原材料の量が少ないのと手作業だから電力に左右されない
何よりも ネパール人経営者とスタッフの絆とお互いの信頼関係だと思う。

できるだけ今迄と変わらず続けたいと思っている
売れる値段と質のバランスが良ければ継続できるから。。  

 

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帽子・ニット部門について
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ここからは帽子部門について書きます shivaと服を作り始めた時の販売方法はオンラインショップ
1998年に叔父からお古のMACのHDをもらったのと
A-rueを始めた時も旅しながら作ると決めていたので店は持てないし持つつもりもなかった
作る時間が減るだけだから

オンラインショップ中心でやる事は決めていたので
モニター。 キーボード。モデム。プリンター。MOを一気に買った。
HDはあるのに50万円が消えた。

当時はパソコン用品が凄く高かった。

10年ちょっと前だけどオンラインショップでやるんだからお店で実際にみられないんだから価格や表現方法でなんとかやるしかなかった。


卸も何とかギリギリできるであろう値段でスタートさせた。


そこで服は作ったんだけどモデルの写真を撮る必要がある。
平面だけで理解してもらうんだから色々と工夫した。

モデルに服を着せてみたけど服だけでは何かたりない。
私は帽子が大好きだったので服に合せて帽子をデザインして作ってみた


それが今の帽子工場の家族との出会いだった だから最初はビジネスというより個人的オーダーでした。

数個作っただけだったんです。
モデルに帽子をかぶせて写真を撮ってみたら帽子が欲しい!という人が増えてきて
こんなに聞かれるのなら、それじゃ〜やってみるか〜!と始めました。

デザインは得意分野なので即スタート。
紙とペンがあればドコでもできる作業だった。

ここから今つきあっている帽子工場と本格的に仕事を始める事になった。
当時は工場といっても帽子工場の家族が借りていた2部屋の作業場だけだった。


そこに編み物を内職とする女性達がやってきてデザイン画や指示書をみて製品化する作業になる 女性達は家事と子育てをやっているのと編み物は時間がある時にできる良いバイトだった。


編み棒と技術があればだれでもお金をかけないでスタ−トできるリスクの少ない仕事だ
私も工場といわれる場所にいってみたが部屋にいるのは家族と親戚で作ったチーム8人程だった



良し!!ミ−ティングをやるぞ!と工場の社長とメンバーと机を囲んだ。
今後の帽子工場のル−ルを決めよう!紙を出して書き出すんだ
私の打ち合わせでは無かったけどルールは大切。


姉さんも席についてくださいっ!という事で参加 テーブルを囲んだのも私と家族&親戚。

多分8人くらいだったと思う。
決めた事はチェックの方法ラベルのつける場所パッキング方法各自の役目についてだった。

既にこの工場は何社か取引していた会社はあったんですが、
不良品が返されたり、不良品だからお金を払ってくれなかったり、
逆にお直しにかかった送料や費用を払え!という会社も多かった。

帽子家族もケ〜ガルネ〜<どうしたらいいのよ!?>


頭がいたいっ、ハア〜っ
て連発 色んな問題が山積み。。。


両方の立場がわかるだけにここは乗り越えなくてはならない道だわと思った
様子をみていると社長は弟みたいなんだけど、
言い訳けをぜず不良品を作り直していた姿に感動した。


できるまでヤル! この人とずっと仕事したいと思った。
それからこの工場の家族とのおつき合いが始まった。


帽子工場はパタンにあったんですが行くとなったら朝から晩まで工場で過ごすようになった。
工場にいると色んな問題もみられるし、こうしたら分かりあえるんだな〜と工場で学んだ


柄を書いて糸を並べて、 編み方はその時にできるモノから選んでその場でデザインして修正しながら作っていった 帽子工場は既に10年間のおつき合いだか今は工場を移転し2つも工場を建てるまでになった。


彼等の努力してる姿は10年間みているから頑張った証だと思う。
どんどん成長して最初のメンバーがスタッフをコントロールする立場になっている。

2年まえの打ち合わせでは部屋に入りきれない位のメインスタッフ40人くらいのリーダーが集まってのミーティング 私も参加 社長は言った


姉さん最初のミーティング覚えてる?家族と姉さんだけだったよね!って

ほんと10年でこれほど成長するとは想像しなかった。
私も自分のオーダーは微々たる数ではあるけど嬉しくてしょうがなかった。

 

<私>

ここ数年は私のオーダーは伸びてきてるけど日本の大きな会社も取引先に増えてきたし、
なんだかA-rueは申し訳け無いくらいのオーダーなのに
質についての注文は人一倍なので悪いな〜 って言ったら、

<社長の一言>
姉さん大きなオーダーはね〜嬉しいけど切られたら終わり、
すごいリスクなんだよ。僕も時々恐くなる。
一番は確実に少しづつユックリが安定するし安心だよ


そういう取引先が沢山つく事が大切だし安全だと思っている
こんな言葉がでるとは、、彼がどれだけ背負ってるモノが大きいか分かった気がした。

A-rueの帽子はずっとこの同じ工場でつくっている。
現在工場は編んでいる場所ではなくなっていますが人とモノを繋げる場所になってる
A-rueを担当してくれるメンバーは変わらない


規模が大きくなったら中心メンバーはリーダーとなり、
各村や地域で先生となって作るシステムとなっている。
リーダーが工場には時々できたモノやサンプルを持ってくるので今は工場で彼女達と会う。

出来上がった物は工場でチェックしたり、飾りをつけたり、簡単なモノはその場でお直し、
ラベルも付けて糸の処理もしてパックする。 価格は服と同じく工場の人が値段つけます。

この状態がフェアートレードと判断するかどうかはお客様におまかせします。
私はフェアートレードという言葉に振り回されたくないんです。

昔も今もやってる事は何もかわらないし
言葉やビジネス上の事で線を引かれたくない

イベントに出店する時も色んな項目があって正直なんで枠ばっかりあるんだろうと思う

手作りってなんだろう。
国が違っても人が作っている事を忘れているんじゃないかと、、、


国や人種が違ったら手作りの枠から外れるのか、
誰かの手によって全てのモノが作られてる こうなると買う人が判断する事だと思う。

フェアートレードという言葉が重要で飛んできた人へ

何を求めているのか、何が肝心なのか。。。


ネットというツールを使って私ができるのは少しだけなのかも知れないけど
正直に思った事をインターネットを通じて伝えたいと思っています


フェアートレードという言葉の意味の判断は読んでいる方におまかせします。

私は作ったモノの完成度があがればお互いにメリットが有ると思っています

質が上がれば工場では注文が沢山入るようになるし取引先も自然と増える。
従業員が増やせたら月給制で働ける人が増える
家族が安定した工場で働けたら安定した収入が保証される
安定した給料があれば子供も学校に通えるチャンスが増える
学校に通えたら母国語を読み書き出来る様になるし、
その他の情報も得る知識がつく
知識がつけば選ぶ事ができる、
選べる場所に身をおける。


選択肢が増える事でチャンスも可能性も増える

これは結果がでるまで長い道のりではありますが、
お互い色んな事を学んで一緒に伸びていきたいと思う

なにより継続する力が道をつくるんじゃないのかと思う。
何よりも続けれられる環境 本人達の意志と努力と学んだ技術
技術が身に付けば武器になる。

フェアートレードという言葉にこだわった認識の温度差を感じるメールが来る度に
フェアートレードという言葉がそんなに重要なのか?と思う
自分で見て調べて判断してほしい。


市場で売られているモノを手に取った後で
フェアトレード品だったんだ!という時期が来たら素敵だな〜と思っています

フェアートレード品だから買います!と言われるのは
気持ちの問題なんだろうと思うけれど、モノの力じゃなかったんだ、、、
残念だな〜って思います。


でもビジネスとしては売れてこそ結果が出せるので
フェアートレードと言う言葉は評価の一つだと思っています


最後まで読んで下さった方有難うございました。


ガッカリさせてしまった人がいたらご免なさい


これが全てだし、正直な気持ちです

私は巡り会った大好きな人達の力をかりて心をこめて制作しています。




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